按田佳央理フルートリサイタルvol.5 光陰つどひて、朔月の空

5回目のリサイタルは初めてのKitara小ホールで。
新古典主義的音楽をテーマにプログラムを組みました。
  • クープラン   王宮のコンセール第4番
  • ラヴェル    クープランの墓
  • プーランク   ソナタ
  • フェルー    三つの小品
  • プロコフィエフ ソナタ ニ長調
ピアノは鎌倉亮太さん。指揮者でもあり、素晴らしいピアニストです。
お席は全席指定。オンラインで、あるいはキタラチケットセンターやコンビニで事前購入ができます。※U25を今、お席どこでも取れるように調整しております。(親子で連席で聞きたい方もいますよね・・・!設定した当初、頭が足りなかった。。)
ところでこのテーマにするにあたって色々考えたりしているのですが、下記は乱筆乱文ですのでお時間があればお読みください・・・!
日本文化にも「守破離」という言葉があるように、型にはまってこそ個性が出るとか、規則があるから自由になれるとも言います。
17世紀の音楽は王侯貴族や教会が対象で、高貴な様式美と節度のある遊びが魅力でした。特にフランスはロココ芸術が隆盛を極めていたので、軽やかで美しく、上品で洒落た音楽が好まれていました。
時代とともにフランスの絶対王政は弱体化していき、音楽の対象は市民へと移ります。わかりやすくロマンティックな音楽が好まれるようになり、作曲家もそのような作品をたくさん作るようになりました。
当時の作曲家は「ベートーヴェンの後で何ができるというのだ」と悩み末に自分なりの方法で道を切り開いていたこともあって、時代はどんどんロマンチックになっていきます。
そうしていくうちにロマン主義の時代になり、文化が隆盛を極めると次に待っているのは衰退です。「過度な表現」だという批判も出て、世の中は新しい音楽のスタイルを探し求めるようになりました。
そのような中で、「もう一度、様式美や節度のある感覚美を取り戻そうじゃないか、王侯貴族の時代にはそれがあったのだから」という潮流が出てくるわけです。
ただ古い時代の音楽を再現するのではなく、現代の自分たちの感性をそのまま、古き良き時代の様式美に投影してみようという動きです。
これが面白いなと思ったのです。
現代のことは否定しない。しかし、現代に至った道筋に疑いを向ける。どこかで間違えただけだ、元々持っていた高貴な空気を取り戻そう。昔の素晴らしかったものと、今の素晴らしいものを合わせてみよう。現代の感性を古典的な様式で表現するんだ、という発想。
良いものを求める芸術家の理想、向上心、探究心・・・というのもあると思いますが、高貴で節度のあるところに自らの本質があると信じるのってとても人間的というか、、、
もう一度型にはめてみよう、そして美しく尊いものを作ろう。
あるいは、もう一度型にはめたらどんな世界が広がるのだろうか。
あるいは・・・「様式美です!何か?」という態度の作曲家さんもいらっしゃるような(笑)
いずれにせよ
「良くありたい」というのが人間の本質だと考えると、希望が湧いてくるのです。もしかしたら自分も良いものになれるかもしれない、みんなが仲良くなれるかもしれない、平和な地球になるかもしれない(!)昔は良かった、と思うなら昔の良いところに今を重ねてみようよ。昔は昔で、良いものになろうとしていた。今は今で、良いものになろうとしている。きっと目指すところは同じだったんじゃないかな。今日からでも良い、はじめよう。
そんな精神性の音楽をこのリサイタルでは演奏します。(無理やり締めた)
どうぞ、お越しくださいませ!